渡辺樹一Juichi Watanabe
ジャパン・ビジネス・アシュアランス株式会社シニアアドバイザー/USCPA、CIA、CFE
1979年一橋大法卒、伊藤忠商事入社。2011年からジャパン・ビジネス・アシュアランス。シニアアドバイザーとして企業統治・内部統制構築、上場・内部監査支援、役員研修・企業研修などを担当。米国公認会計士・公認不正検査士・公認内部監査人。早稲田大学会計大学院非常勤講師、(一社)GBL研究所理事、東証1部上場会社の独立社外取締役なども務める。
筆者の調査によれば、直近6年間(2014年1月~2019年12月)に第三者委員会報告書等の調査報告書として公開された上場会社の企業不祥事262件のうちの4割近くが従業員不正であり、その内「会社資産の不正流用」が26件、不正会計が36件、製品偽装や品質・性能・データ偽装、検査不正、談合、不適切融資等のその他コンプライアンス違反が34件となっている。本稿では、これらの内の不正会計、その他コンプライアンス違反の計70件についての背景的原因と経営管理の観点からの解決策をお伝えする。
事例の概要と背景的な原因
図表1は、不正を行った従業員の心理が読み取れる事例から7件を抜粋したものである。いくつかの共通点が見られることにご注目頂きたい。
共通点①
▼売上や利益にせよ、品質・性能データや納期にせよ、事例の全てが数値目標達成のために行われている。
共通点②
▼「成績を良く見せたい、経営陣の期待に応えたい」という昇進への思いや、「数値目標が未達の場合の上層部からの責任追及や叱責を回避したい」という保身の思いが動機となっている。
共通点③
▼背景的原因として「数値目標達成のプレッシャー」と「問題のある組織風土」が共通して見られ、「組織の閉鎖性の弊害」が指摘されている事例もある。
これらの共通点の①と②は、日本企業の特徴であるところの終身雇用を前提とした新卒一括採用方式に基づいた組織運営(様々な職種を経験させつつ適材適所を図り、努力すれば誰もが上位職に就ける、従業員の感情的な一体感〈共同体的一体感〉を求める組織運営)に起因する事象であり、③の要因を生み出している。全70件の事例の8割に「数値目標達成への強いプレッシャー」、3分の2に「問題のある組織風土」(その両方が見られる事例は5割)、4分の1に「組織の閉鎖性の弊害」が見られている。特に「問題のある組織風土」の過半は、「モノが言えない」、「自由に議論ができない」といったものであり、このような「風通しの悪い組織風土」が、不正の温床となると同時に、組織の生産性の低下や経営層がリスクを把握できない状況を作り出している。
背景要因の解決策
前記③の3つの背景的原因への解決策は以下の通りである。
解決策1 目標の妥当性確保と目標管理
事業部門等へ数値目標達成へのプレッシャーをかけることは、経営上当然のことであるが、目標設定の際、人員や設備、技術上の能力、市場の動向等の面から妥当性のある数値目標を事業部門等との合意のもとに設定することが肝要である。これは、現場に、健全で合理的なプレッシャー、説明責任を与え、また、不正の正当化を排除する。その上で、設定した目標の達成度合いの予実分析、管理を行うことである。目標管理は、改善活動を促し、企業集団の利益の増加に繋げるものである。ポイントは、計画の数値目標の合理性の裏付けとなる定性面(アクションプラン)を評価、合理性を確保して進捗管理を行うことである。
解決策2 健全な組織風土の醸成
「感情的な一体感(共同体的一体感)」を求めるという日本企業の良い面を生かし、健全な価値観の共有を図る。そのために、企業風土の目標設定(これは企業理念から具現化される)を行い、従業員意識調査等により現状把握を行って、期待する企業風土の醸成を行う。そして、それを取締役会レベルでモニタリングし対応してゆくというのが解決策である。図表2は、「風通しの悪い組織風土」と「風通しの良い組織風土」(解決後)を俯瞰したものである。
解決策3 組織の閉鎖性の弊害克服
経営効率の観点から、組織の細分化、専門化は不可欠であるが、細分化、専門化された組織への権限移譲の仕方によっては大きな問題を発生させることがある。組織の閉鎖性の弊害は、例えば以下のようなものである。
各組織内の従業員が、自分の組織以外で何が起きているのか知らず、知ろうとしなくなる。
自分たちの文化やルールが当然に思え、それについての適切性や見直しの必要性等について考える努力をしなくなる。
組織としての部分最適を求め、会社としての全体最適を追い求める視野を失う。
組織が硬直すると、リスクが見逃され、魅力的なビジネス機会も見えなくなってしまう。
これらへの解決策には以下のようなものが考えられる。
従業員の異動や他部門との絆を深められる制度を設ける。
各部門が情報を抱え込み過ぎないよう、多くのデータを共有し活用できるようにする。
組織体系や分類を定期的に見直し、イノベーションが生まれるような見直しを行う。
期間限定目的達成型の組織横断的なプロジェクトチームの編成を行う。
報酬制度について、組織同士が社内で競争関係に陥らないよう、組織同士が協力し合うことを促すような協調重視の制度を考慮する。
以上、不正防止には内部統制強化に加えて経営管理上の施策があることをお伝えしたい。