村田幸伸氏Yukinobu Murata
モーゲンスターン・シカゴ代表 米国公認会計士
大学卒業後大手建設会社に入社し約7年間勤務した後、2002年に米国公認会計士試験に合格。これを機に渡米しロサンゼルスの現地会計事務所に勤務。2003年に現地で独立し2016年からはシカゴに本拠地を移転。日本企業の海外子会社管理業務を軸に活動中。米国公認会計士
海外子会社管理というと内部統制やコンプライアンスが問題というイメージがありますが、私達のお客様で一番多いのは「売上や利益の中身がよく見えない」という問題です。本社の経営層の方々にとって最も大事なのはやはり売上や利益で、その中身が生々しく見えてこないと正しい戦略を策定できないのでとても切実な問題です。
経営分析の細分化、ローカル化を行う
こうした問題を抱えていた会社の例を一つ挙げましょう。この会社は、米国(シカゴ)と欧州(アムステルダム)にそれぞれ販売子会社を持った日本企業でした。欧州販社の売上が急降下したのですが、その原因が正確にはわかりませんでした。現地からは「既存市場が縮小しているので東欧やロシア等の新興市場に注力する」という報告がありましたが、本社は「フランスがイギリスの4分の1の売上しかないのはなぜか」「ディーラーが良くないのか」「国ごとに原価率が大きく違っている理由は何なのか」などもっと細かい情報を求めており、疑問が山積みでした。一方、米国販社では売上は絶好調でしたが、こちらは売れている理由がよく見えない。現地からは「米国は公共機関の顧客が多いから安定している」という話がありましたが、「公共機関の顧客への売上はどれくらいの割合なのか」「その顧客層にはまだ伸び代はあるのか」「安定していると言うが、原価率が去年より上がっているのはなぜなのか」「好調なはずなのになぜこんなにキャッシュフローが苦しいのか」等、こちらも疑問が山積みでした。
こうした疑問を現地に投げかけると、例えば「公共機関の顧客はだいたい半分くらいで、長年営業活動しているからもう全米を網羅していると思う。公共機関への売上は安定しているし今後も続くだろう」というような直感的な回答は得られるのですが、データに基づいた回答でなければ本社側は納得できません。一方、現法の規模にもよるでしょうが、販売活動に日々忙殺されている現法に、「このデータを出して下さい。あのデータの最新版を……。こういう切り口での分析を……」とたびたびレポーティングを求めるのも実際には困難です。日本人と外国人では「細かさ」や「スピード感」が圧倒的に違うので、現地にそこまでは求められない企業も多いのではないでしょうか。
このケースでは、まずは欧州と米国の両社の会計データを私達がすべて抜き出し、本社の経営層の方々が見たい経営データをあらゆる切り口で分析し「見える化」していきました。深掘りするほど、現法に対して「ドイツは粗利率をまだ上げられるし、売上の伸び代もあるのでは?」といったデータに基づいたリアルな投げかけができるようになり、本社と現法が同じ絵を見て深い議論ができるようになりました。
私達が行ったのは、経営分析の細分化、ローカル化です。海外子会社の場合、国によって顧客層も販売チャネルも原価率も異なることが多く、全社的な定型の経営分析では本当に見たい情報が見えてこないことが多いようです。また、同じ国でもその時の状況によって経営層が見たい情報は変わっていきます。その都度、本社から経営レポートの変更を依頼していたのでは、現法は「またか! せっかく作ったのに!」と不満を感じてしまいそうです。その面倒な部分を私達がお手伝いさせていただきました。どんなに面倒でも、経営層の方々が見たい経営情報をフレキシブルに出すのはとても重要なことだと思います。新しい情報が見えたら、さらに見たいものが出てきます。トップの意思決定のタイミングや角度が少し変わるだけで、末端では大きな違いになってしまいます。
試行錯誤のフェーズが重要
得たい情報をフレキシブルに得るには、継続的に追いかけたい肝となる情報がある程度固まってきたところで、TableauなどのBI(ビジネス・インテリジェンス)ツールを使ってデータ生成の自動化・リアルタイム化を行います。ここまでくれば、あとは随時見たい情報をチューニングしていく感じになるので、本社も現法も同じ情報を見ながら深く実りある議論ができると思います。大変なのは、ここに至るまでです。試行錯誤のフェーズですから、スプレッドシートで「見たい」情報をどんどん分析して、両社で共有し、深く見える化していきます。この段階でも解けてくる疑問は山ほどあるので、「イギリスは代理店を買収して、イギリス市場を見える化しよう」といった新しい施策が出てきて実現した例もあります。
コミュニケーションの質と量を高める努力
システム以外のポイントを挙げるとすれば、やはりコミュニケーションです。時差もあり言葉も文化も異なるので、本社と現法のコミュニケーションは量も質も不足しがちです。見えている絵が違ったり経営に対する温度差が大きかったりすると、せっかくテレビ会議をしても、表面的な良い情報しか出てこず、逆に「見えない化」が進んでしまいます。
本社と現法の距離感が大きい時は、不正も起こりやすいものです。現法の幹部がバックマージン不正を行っていたり、本社への月次レポートを改ざんしていたりといった例もありました。両社共に駐在員はいても、私達が入るまで長い間発見されずに続いていました。
距離感を縮めるには徹底した「見える化」とそれに基づいた深い議論をするに尽きると感じています。「見える化」を進めていく過程で最初は丸裸にされることに現法側が抵抗を覚えることもあります。痛いところを本社が突いていかなければならない場面もあり、摩擦が生じることもあるでしょう。しかし、同じ経営課題を見つめながら一緒に戦略を考えていく協力関係ができてくると、距離が一気に縮まるときがきます。冒頭紹介した会社では、最近はテレビ会議が盛り上がり過ぎて3時間を超えることもザラです。日本語を話さないイギリス人の現法社長と英語を話さない日本本社の日本人の方々との会議ですが、深い議論を散々してきた仲なので完全に互いの能力や人格を認め合っていて、話が極めて生産的です。通訳をしながら会議を進めていく私も楽しくて仕方がないほどです。
ここまでくるとコンプライアンスや内部統制の話も痛いところを指摘するのではなく、一緒に必要かつ現実的な対策を考えていくようになるので、不正リスクもとても低くなります。
「コミュニケーションにはかなりの英語力が必要では?」という質問を受けることもあります。実は私は英語が苦手で、長年、上手とは言えない英語を使っています。ですから通訳者のようなことはできませんが、その会社の商品やビジネス形態や経営状況を理解しているので、日本本社の方の話を聞いて意図を理解し、それを自分の言葉で数字を交えながら相手に伝えることができます。現法社長とも日頃からよく話しているので、彼が伝えたいことや生々しい現地事情も私の言葉で本社の方に話すことができます。よく外国人の現法社長から「英語は下手だけど通訳は素晴らしいね」と言われます(笑)。ビジネスコミュニケーションは、英語力よりも、ビジネス理解度の方が大切だと感じています。自社のビジネスに精通した社員の方で少し英語ができる方であれば十分できると思います。
経営の見える化にITはもちろん大事です。今は次々に良いシステムが出てきます。しかしシステムを導入するだけでは見えることに限界があることを現場で痛感しています。経営データを深く突き詰めていったり、コミュニケーションの質と量を高める努力を怠らなかったりする効果が想像以上に大きいと実感しています。私達は日本企業と海外拠点を繋ぐ黒子としての役目を担っていますが、特にコミュニケーション部分は十分でないと自覚しています。今後も試行錯誤しながら積極的に取り組んでいきたいと思っています。