恩田 真一郎Shinichiro Onda
ジャパン・ビジネス・アシュアランス株式会社シニアマネジャー 公認会計士
2008年新日本有限責任監査法人(現・EY新日本有限責任監査法人)に入所し、主にREITや不動産SPCの監査業務を担当。2015年よりジャパン・ビジネス・アシュアランス株式会社にて、IFRS決算支援、バリュエーション、デュー・ディリジェンス、業務改善支援などの会計コンサルティング業務に従事。
2019年7月4日に企業会計基準委員会(以下、「ASBJ」)から、企業会計基準第30号「時価の算定に関する会計基準」(以下、「時価算定会計基準」)及び企業会計基準適用指針第31号「時価の算定に関する会計基準の適用指針」(以下、「時価算定適用指針」)が公表された。
ASBJが公表した時価算定会計基準及び時価算定適用指針並びに公表に伴い改正が行われた企業会計基準及び企業会計基準適用指針(以下、「本会計基準等」)の影響が大きく出るのは、主に金融機関(銀行、保険会社、証券会社、ノンバンク等を想定)だが、そうでない会社についても会計処理及び開示について一定の影響が出る。
そこで本会計基準等の概要の解説と実務上の留意点を記載する。
本会計基準等の構成
本会計基準等は、時価の算定について時価算定会計基準及び時価算定適用指針を適用するが、会計処理及び開示については改正企業会計基準第10号「金融商品に関する会計基準」(以下、「金融商品会計基準」)を適用する。なお、棚卸資産のうちトレーディング目的で保有する棚卸資産(例えば、金など)については、改正企業会計基準第9号「棚卸資産の評価に関する会計基準」を適用し、金融商品会計基準における売買目的有価証券に関する取扱いに準じるとしている。
企業会計基準適用指針については、金融商品会計基準の改正をうけ、改正企業会計基準適用指針第14号「四半期財務諸表に関する会計基準の適用指針」及び改正企業会計基準適用指針第19号「金融商品の時価等の開示に関する適用指針」(以下、「金融商品時価開示適用指針」)も改正されている。
本会計基準等が適用範囲とする時価については、金融商品(トレーディング目的で保有する棚卸資産を含む)を対象としており、例えば、企業会計基準第20号「賃貸等不動産の時価等の開示に関する会計基準」や企業会計基準第21号「企業結合に関する会計基準」の時価は対象に含まれない。
なお、時価算定会計基準、時価算定適用指針及び金融商品会計基準は、日本公認会計士協会の実務指針等にも影響するため、あわせて実務指針等の改正が公表されている
本会計基準等のポイント
本会計基準等の時価は、IFRSにおける公正価値と同義と考えて差し支えない。これは我が国における他の関連諸法規においても公正価値の代わりに時価を使用しており、時価という用語が広く用いられていること等に配慮したためである。
時価とは、算定日において市場参加者間で秩序ある取引が行われると想定した場合の、当該取引における資産の売却によって受け取る価格または負債の移転のために支払う価格と定義されており、(実際にあるかどうかは別として)市場を基礎とした出口価格のことをいう。
時価は、インプットと評価技法を用いて算定する。インプットは3つのレベルに分類され、まず市場で観察可能かどうか、観察可能であれば調整がされていないものがレベル1、そうでないものがレベル2となり、観察できないインプットはレベル3に分類される。
時価算定会計基準が例示する評価技法としては、マーケット・アプローチ、インカム・アプローチ及びコスト・アプローチがある。
開示の対象となる金融商品の時価のレベルは、インプットのレベルに応じて決定される。インプットはレベル1が最も優先順位が高く、レベル3が最も低い。複数のインプットを用いており、そのうち、時価の算定に重要な影響を与えるインプットが複数ある場合は、優先順位が最も低いレベルに分類する。
実務上の5つの留意点
留意点1 適用時期
本会計基準等の適用時期は、2021年4月1日以後開始の事業年度からである。早期適用も可能(早ければ2020年3月期の期末から)だが、本会計基準等を一体的に適用する必要がある(時価算定会計基準第16-18項)。
留意点2 市場価格のない株式等の取扱い
時価を把握することが極めて困難と認められる有価証券の記載は削除された。これは時価算定会計基準においては、時価を把握することが極めて困難と認められるような有価証券は想定されないためである。
ただし、市場価格のない株式等は、たとえ何らかの方式により価額の算定が可能としても、それを時価とはしないとする従来の考え方を踏襲し、引き続き取得原価をもって貸借対照表価額とし、時価に関する注記を不要とした。
それに対し、これまで時価を把握することが極めて困難であるとして、取得原価または償却原価法に基づいて算定された価額をもって貸借対照表価額としていたもののうち、市場価格のない株式等でないもの(例えば、社債、デリバティブ取引など)については、時価をもって貸借対照表価額とし、時価を注記することとなった。すなわち、社債などについては、会計処理においても時価による評価が必要となった。
留意点3 期末前1か月の平均価額に関する定めの削除
時価の定義の変更に伴い、その平均価額が改正された時価の定義を満たさないことから削除された。したがって、今後は期末前1カ月の平均価額を時価とすることはできない(ただし、減損を行うかの判断に用いることは可能)。
留意点4 第三者から入手した価格相場の利用
取引相手の金融機関等、独立した第三者から入手したデータを時価とすることも認めている(時価算定適用指針第24項)。これには要件があり、金融機関以外の企業集団を対象として想定しており、公表されているインプットの契約時からの推移と明らかな不整合がなく、かつ、レベル2の時価に属すると判断される場合であれば、金利スワップ、為替予約又は通貨スワップに限定して時価とみなすことができるとしている。
留意点5 開示
金融商品時価開示適用指針では、新たに時価のレベルごとの残高を記載することを求めている。また、レベル2又は3の時価については、時価の算定に用いた評価技法及びインプットの説明(適用の変更がある場合はその旨及び理由も)をあわせて記載する必要がある。
さらに、レベル3の時価の金融商品については、詳細を開示しなければならず、該当がある場合は実務負担が増えることが想定される。
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適用まで1年超の時間があるが、金融商品をもつ企業にとっては会計処理及び開示の負担が増えるため、自社への影響度を事前に調査し、システム対応やプロセスの整備運用を早めに行うことをお勧めする。(注:文中意見は筆者の私見)