脇 一郎Ichiro Waki
JBAグループCEO 公認会計士
福山 憲児Kenji Fukuyama
ジャパン・ビジネス・アシュアランス株式会社ディレクター 公認会計士 税理士
近年、グローバルな日本企業の海外子会社において、重要な不正が発生する事例が相次いでいる。またIFRSの適用時に海外子会社における「会計方針の統一」が障害となるケースもあり、多くの日本企業が「海外子会社の管理」を苦手としていることが伺える。このような苦手意識は、日本企業と欧米企業の会計の歴史の差により生じている可能性がある。
日本における連結財務諸表の導入は、過去の諸外国からの連結を中心とした開示制度の要求に、仕方なく日本が応じたものという側面が強い。また国内子会社の会計方針は経理実務の基礎である税法や多数の細則(委員会報告など)により統一が容易であり、在外子会社の会計方針は統一しないことが容認されているため、日本企業では積極的にグループ会計方針の統一化を進めることが少なく、経理部門はある意味「現地任せ」になってしまっていた。
一方、欧米企業には自社グループの「会計処理マニュアル」が存在し、これに従い処理が行われていることが多い。また経理実務でもグループ決算が重要視され、グループ統一基準での会計帳簿を主として作成し、必要に応じて各国の法律で要請される財務諸表に組み替える、というケースも多い。
そもそもIFRS自体が、ビジネスや証券市場のグローバル化に合わせ、グローバル統一された会計基準が必要になったために誕生したものであり、欧米企業においては、IFRSに基づく連結財務諸表がグループ経営を行うための管理ツールと考えられている。
日本の企業においても本来ならば「会計方針の統一化」はビジネス上の要請としてあったはずであるが、開示上の要請が厳しくなかったことやグローバルの管理体制の構築コストが嫌忌されたことが要因となり、「会計方針の統一化」が進まなかったものと考えられる。グローバルの体制構築が進まずビジネスだけが先行し、経理ガバナンス力や現地の経理数値コントロールが弱くなった結果、会計不正が発生しやすくなる、といったツケが今になって出てきてしまっている。
マニュアル作成時のポイント
会計方針の統一、ひいては子会社の経理ガバナンスのためには文書化が必要となる。文書化には大別して二つの段階があり、①ポジションペーパーにより会計方針の具体的な方向性を明確化すること、②会計処理マニュアルにより具体的な会計処理や経理手続きなどを定めること、が必要となる。
会計処理マニュアルは、経理部門における実務上の「バイブル」としてグループ会社に展開して実務運用することが前提となるものであり、作成にあたっては下記に留意することが必要である。
Point 1 「運用」をイメージして設計する
多くの企業でJ – SOX 法対応の際に「会計処理マニュアル」や「手順書」などが文書化されたが、使われないまま更新されずに放置されていることも多い。これは、どのように運用するかを考えずに作成されたため、実務に必要のない産物になってしまった結果である。通常、マニュアルが必要なのは、新規、変更、例外事項が発生した場合に限られる。よって、マニュアルは頭から読み込むといったことはなく、必要なときに必要な箇所を検索して参照できればよい、いわゆる辞書的な使い方となる。
なお、現代ではWeb で展開した方が検索や更新、セキュリティー管理など管理面で圧倒的に使い勝手がよい。その意味でもグループ全体で文書を管理できるグループウェアを装備することをお勧めしたい。
Point 2 「標準化」しすぎない
マニュアル化するには、相当な「業務標準化」が必要と考えるのが一般的である。その一方、標準化しすぎると作成自体に時間がかかり、また運用も硬直的となってしまう。
標準化の程度はすべての会計論点で同一である必要はない。「重要項目には具体的かつ詳細な手続きを定める」・「会計処理の選択肢少ない論点は詳細マニュアルを省略」など、会計不正リスクや必要なガバナンス強度に応じ、どこまで「標準化」すべきかを検討する必要がある。
Point 3 細則主義的な記載を行う
IFRS が原則主義で基準構成されていることはすでに周知の通りだが、企業内で使う会計処理マニュアルまで原則主義である必要はなく、できるだけ細則主義的な記載をするべきである。
現地の会計基準や法律との整合性を考慮する必要はあるが、マニュアルの目的はグループ全体における財務数値の精緻化であり、各子会社個々の現地法令に基づく財務諸表の作成ではないことに留意する。
運用面での留意事項
会計方針の統一化を実際に実現する場合、文書化したマニュアルを実際の実務に落とし込んで、はじめて目的が達成される。ここでは運用にあたっての留意点をまとめたい。
留意点 1 体制
実際の実務を担当する人材の配置においては、「役割と責任」を明確にする。特に海外の人事では、これらを曖昧にすると、マニュアルの遵守責任も曖昧になり、機能しない。欧米企業では会計方針を含む経理ガバナンスの遵守についてコントローラー(Finance Controller) という役職に責任を持たせていることが多い。なお、コントローラーは現地法人の社長を上司とするのではなく、本社CFO(財務担当役員)を上司とすることで、会計処理マニュアルのグループ展開と、経理ガバナンスの実効性を担保している。
留意点 2 コミュニケーションインフラ
理想としては共通言語である英語で統一することが望ましいが、残念ながら日本本社における英語能力が十分でない場合が多い。そこで現地に日本語のできる現地人経理マネジャーを採用するなどをしているが、正直言語はできても経理スキルが十分とは言えない場合も多い。日本本社における英語コミュニケーションスキルを向上すべく、例えば日本本社に優秀な現地スタッフを「逆輸入」し、本社経理部門と一緒に業務を行うなどの工夫があってもよい。
また、グループウェアなど「ポジションペーパー」や「会計処理マニュアル」などの展開とその後の更新、質問や回答などのやり取り管理・共有などを共通のプラットフォームがあることで、グループ経理部門全体で標準化、業務品質の向上に役立つだけではなく、一体感醸成による全体のチーム力向上効果も期待できる。
留意点 3 人材スキルとモラル
会計文書の展開、コミュニケーションインフラを整備したところで、人材のスキルやモラルが追い付いていない場合には適切な運用は困難であるため、定期的に子会社と連携をとって「スキル」「モラル」を醸成することが重要である。
「スキル」「モラル」の両方を担保するための即効薬として、CPAなどの有資格者を雇用することもひとつの手段である。
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会計方針の統一化を含めた経理ガバナンスの強化は、現在、日本企業の大きな課題である。企業価値がE S G( E n v i r o n m e n t 、S o c i a l 、Governance)と言われる時代、会計不正などが海外子会社で発生すると、企業経営に大きな影響を及ぼし、特に上場会社では投資家や利害関係者などから訴訟問題になりかねない。経理ガバナンスの中心的な役割を果たすのが、言うまでもなく本社経理部門であるが、かつてのように事務部門の代表として経理処理を中心に業務を行っているだけではなく、現在の経営者からの期待は経営への貢献、特にこのような会計不正が起こらないような仕組みづくりがミッションとなってきている。
会計方針の統一化は、一見(特にIFRS の要請による)単に開示のための施策に見えるが、これを経理ガバナンスに生かさない手はない。会計方針の統一化を進めるにあたって海外子会社の「見える化」も進め、モニタリング力を強化することを強くお勧めしたい。