髙橋 達Toru Takahashi
JBA HR ソリューション株式会社ディレクター
1967年生まれ、埼玉出身。1989年住友銀行(現三井住友銀行)入行。2000年日本CFO協会の設立に参画。CFOのネットワークを活かした人材紹介事業の立ち上げを目指し現在に至る。
様変わりしてきた人材マーケット
―人材マーケットの現状は?
この10年で人材マーケットは様変わりしてきました。日本を代表する大企業が存亡の危機に立つような不祥事等が相次ぎ、働き手の意識は明らかに変わってきています。「一社で仕事をしていくのはリスキーである」という意識が芽生え、ある程度、転職を重ねることで経験を積み、スキルを培うという流れになっていることは間違いありません。
顕著に特徴として現れているのが、「初めての転職者」の増加です。10年前の人材マーケットには初めての転職者はあまりいませんでしたが、今は転職希望者の中で目立つほどの存在になってきました。もう一つの特徴が、有名な大企業のメーカーやメガバンクからの転職希望者の増加です。この二つが、10年前と大きく異なる人材マーケットの現状であろうと思います。
面白いのは、受け入れる企業側の変化です。「ある程度転職の経験がなければ、転職やそれに伴う環境変化へのストレス耐性がない」と見られてしまう。もちろん短期間に頻繁に転職を繰り返す人が敬遠されることに変わりはありませんが、環境変化に対するストレス耐性を受け入れる側はとても気にかけています。
生涯一つの会社に勤め続けるというのは、海外ではむしろ特殊なケースですが、日本でもそうした傾向が確実にあらわれてきています。ある程度、自分のスキルやキャリアを見据えて、プランを立てて仕事をしていかなければならない時代になっています。
―今の人材マーケットで求められているものは?
転職のポイントは、どこの会社にいたかではなく、何をやってきたかです。金融機関で言えば基本的に仕事が特殊なので、そこで培ったキャリアが転用しづらいという傾向はあります。ただし、例えば海外での勤務経験や企画などの銀行経営に関わる経験は有用でしょう。
これまで多くの時間を費やしていた事務作業をロボティクス等が行うようになると、自分がどんなスキルを持って何を行うかを明確化していることがより重要になります。それが、いわゆるプロフェッショナル性と言われるものであり、さらに磨きをかけるべき部分でしょう。今自分がやっている仕事に磨きをかけて、極める。そうした仕事の幹となる部分は、AIには置き換えられない。逆に言えば、「これはAIにやってもらえる仕事だ」「自動化できるのではないか」という発想が出てくる人材、そうした仕事の仕訳ができる人が求められているとも言えるでしょう。
―経理財務の現場では今のAI化への流れをどう受け止めているのでしょうか。
ある会社でRPAをスタートさせようとしたとき、一番抵抗を示したのは派遣スタッフの方々だったそうです。ところが、実際にロボティクスを導入すると、派遣スタッフの人はそれまで自分が行っていた業務をロボティクスに教えることが仕事となり、ロボティクスが回り始めると、ロボティクスのマネジメントが仕事となり、新しい仕事にやりがいをもって臨んでいるそうです。これは人が新たな付加価値のある仕事を生み出した、一つの分かりやすい例だと思います。産業革命が起こるたびに、合理化が図られて仕事がなくなると思いきや、新しい仕事が生み出されてきました。次の時代も同じ現象が起こるのではないでしょうか。
人が介在するサービスにより高い付加価値がつく
―AIの時代、どんな仕事により高い付加価値がつくでしょうか。
AIの技術者に「AIが入ったとき、付加価値を生み出す仕事は何か」と聞くと、ほとんど全員から「人が介在するサービスに最もプレミアムがつく」という答えが返ってきます。「AIで完結する仕事は安価になり、人がサービスを提供する仕事の付加価値が高くなる」と。
弊誌2017年春号に米国最大の税務サービス企業H&R BLOCK が人の代わりにIBMワトソンを店舗に導入するというAIを使った取り組みをレポートしてくれたモーゲンスターン・シカゴ代表の村田幸伸氏の最新レポートによると「H&R BLOCK が400店舗の閉鎖に踏み切る」ことになったそうです。村田氏の報告を要約すれば、「H&R BLOCK の最大のライバルであるオンラインサービスのTurboTax は、H&R BLOCK とは真逆の戦略をとり、オンライン上で会計士がレビューしてくれるサービスを導入し、生身の人間とオンラインで話しながら申告できる仕組みが、自力で申告することを躊躇していた人たちの取り込みに成功。加えてトランプ大統領の『確定申告をシンプルに』という税制改革の動きもあり、H&R BLOCK は大規模な店舗閉鎖によるコストダウンに踏み切ったと考えられている」とのこと。興味のある方は「会計ダイバーシティ」のウェブサイトをぜひご覧ください。人間によるサービスがAIを用いた戦略を凌いだ面白い例だと思います。AIの進化と導入は今後、確実に進むでしょうが、これが人間が付加価値を生む一つの題材となるのではないでしょうか。
―働き方も変わってくる?
「一つの会社で仕事をするのはリスクがあると思う」とは、GAFAといわれる巨大IT企業の米国本社・経営企画に所属する28歳の日本人男性の言葉です。同社は兼業が許されているので彼も同社の他に四つほど仕事をしています。どこで仕事をしてもいいという契約で、通勤という概念もなければ会社に行くという概念もありません。自分の思っていることをいかにビジネスにしていくかを考える。それが彼の仕事です。日本企業も副業を認める会社が出てきましたが、これが進んでいくと個人のスキルがシェアリングできるようになるのではないかと思います。AIが入ることで時間もできてくるでしょうし、そういう働き方ができるようになるのではないでしょうか。
―人材マーケットは活況ですか。
我々がお世話させていただく人材は、もともと経理財務や経営企画といった管理セクションが主体でしたが、フロントよりの仕事も増えています。例えば経理財務にいた人が、コンサルティングに就くようなケースも目立ってきています。経理財務の募集も昨年以上に増えていますが、フロント寄りの仕事はさらに増えています。
年齢で言えば、人材マーケットの中心は20代、30代ですが、40代の求人も増えています。40代の転職ニーズも増えており、それに応えられるようなマッチングをしていきたいと思っています。20年近く仕事をしてきている人材ですから、求人側は自社との相性も含めて、よりスキルを重点的に見ます。即戦力となり、人脈を持っていることが40代の強みです。
今後も人材マーケットはますます面白くなっていくと思います。
―ありがとうございました。